アフレッドの話

今いるDr.ハンセンのヒーリングセンター付属の宿泊施設(「コンプレックス」と呼ばれている。将来的には学校なども併設した複合施設にする計画なのでそう呼んでいるんだと思う)にはアフレッドという80歳ぐらいのおじいさんがいる。ここは遠方からDr.ハンセンの治療を受けに来た患者のための施設のはずなんだけど、何故かこのおじいさんは何の治療も受けていないようだ。

月曜日の夜は今ここに泊まっている人のほとんどが遠隔の治療か手術か抜糸かを受けるので、アフレッドにも「じいさん、あんたも今日トラタメント(治療)受けるのかい?」と聞いてみたが、「あん? トラタメント? 何のことだい」と彼は答えるし、金曜日もみながばたばたかそわそわしているのに、ひとりゆうゆうと日なたぼっこをしているから話しをしてみると、Dr.ハンセンにも会ったことがないという。ノッサ、セニョール! あんたここにいてまだ一度もDr.ハンセンの診察を受けていないだと? と思い「今日Dr.ハンセンの診察を受けに行くかい?」と聞いてみたが「んにゃ、別にいい」と彼は答えるのである。

確かここはDr.ハンセンの治療を受けない人は泊まってはいけないことになっていたはずだが、ここのスタッフも他の患者も、歩く時もふらふらする彼を食事の時に道を挟んだ向かいの建物の食堂まで手を取って連れて行ってあげたり、部屋の掃除をしてあげたり、髪とひげをカットしてあげたりと、なんやかんや面倒を見てあげている。


そんなある日、キッチンのテーブルでみんなでお茶をしていると、アフレッドがゼゼのお父さん(つまりマリオのおじいさん)の手を取って廊下を歩いてくるのが見えた。ゼゼのお父さんは孫のマリオがもう立派に成人していることからも、見た目からも70〜80歳ぐらいのおじいさんで、目もあまりよく見えないそうだ。彼はゼゼとマリオの3人で1ヶ月ぐらい前にここにやってきた。しかし、Dr.ハンセンの診察を受ける前に容態が急変し、近くの病院に緊急入院していた。ゼゼとマリオによって病院からここに連れ戻された後もしばらくは寝たきりだったんだけど、Dr.ハンセンの治療によって彼は自分で立って歩けるまで回復していた。だいぶ容態が良くなったからゼゼが部屋から彼を連れ出し、日当たりのいいソファに座らせ、彼女は自分の用事のためにその場を離れている時に、アフレッドがそこを通りかかったというわけだ。

アフレッドは僕らの前を通り過ぎる時に「いやあ、一人でソファに座っとって話し相手もおらず気の毒に思うてな、部屋に連れて行ってあげようと思ったんじゃよ」と言った。

「まあ、なんて素敵なんでしょう。そうよ、そうよ。ひとりひとりが自分のできる範囲で人を助けていけばいいのよ」と、マルタが痛く感動していたけど、確かにそれはとても微笑ましい光景だった。

無事ゼゼのお父さんを部屋まで送り届けて戻ってきたアフレッドは、見るといつもかけている眼鏡をしていないし、靴もはいていない。「おい、じいさん、眼鏡と靴はどうした?」と聞くと、「あれ、ない。そういえば部屋の鍵もないぞ」と言う。「鍵はいつもの通り部屋のドアにつけっぱなしだし、眼鏡も靴も部屋にあるよ。それよりケーキ食うか?」と言うと、彼は「うひょっ」っとうまそうにケーキをほおばり、温めたミルクももらって自分の部屋に戻っていった。

しばらくしたら彼は戻ってきて「おーい、あったぞい。鍵も眼鏡も部屋にあったぞ」と、それだけ言うとまた自分の部屋に戻っていった。


あ〜い、あい。アフレッドが平和に長生きできますように。まあここで寝起きしているかぎり、頼むと頼まざるに係わらずDr.ハンセンが面倒を見てくれているだろうから心配ないと思うけど。