ポクポクのリンゴ

僕の家族の中では古くなって水分が抜けたリンゴの食感をポクポクと表現している。よくおばあちゃんの家から食べきれない程のリンゴが送られてきたのだが、食べきれないからといってそれを捨てるようなことはもちろんせず、腐らない限りは多少古くなってもリンゴが食卓に並び、「このリンゴだいぶポクポクになってきたね」なんて会話をしていたのだ。

そのことを昔友達に話したら、ポクポクなんて変だよ、あれはスカスカだよとかカスカスだよとか議論になったことがある。僕にとってあのリンゴの食感はポクポク以外に表現のしようがないと思うんだけど、いわれてみると僕の家族と母方の親戚以外でポクポクという表現を使っている人に会ったことがなかったので、いまいち自信が持てずにいた。

もうそんなことは忘れかけてたんだけど、辺見庸の「もの食う人びと」を、エチオピアで会った現在ダハブ脱出計画実行中のダイビングインストラクターのゼンさんに話をされて以来読んでみたいなあと思っていたところデリーの古本屋で見つけて、読んでいると以下の一節があらわれた。

 婦女暴行犯のエルウィンもカール・マルクスみたいな立派なひげから煮汁を垂らして、どこか遠い遠いところを眺めて、ポクポクと食べていた。
(中略)
 ムシャムシャでなく、モグモグ、ポクポクと、男たちは食っていた。それは、空洞の音だった。ここから六十キロ離れたベルリンの壁の崩壊も、ドイツの統一もあまり関係のない、とらわれ人の昼食の、味の抜け落ちた音だった。


そうなのだ。ポクポクとは空洞の音なのだ。古いリンゴは新鮮な時には水分がつまっていたところが、水分が抜けて空洞になるので、噛むとポクポクという音になるのだ。だからあの食感はポクポクでよかったのだ。

どうだぁ〜。


もの食う人びと (角川文庫)