麦ふみクーツェ
- 作者: いしいしんじ
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2005/07/28
- メディア: 文庫
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「ねえ、クーツェ」
とぼくは声にださず胸のうちで呼びかける。「いいも悪いもない、きみはただ、麦ふみをつづけるしかないんだね」
クーツェが一瞬たちどまったような気がした。
でもすぐに、おちついた足ぶみの音が耳のそばでひびきだした。
とん、たたん、とん
とん、たたん、とん
−−むろんだよ。
と少し顔をあげてクーツェはいった。
−−麦をふむのに、いいもわるいもないよ。
例えばこの部分、僕はこう置き換える。
『いいも悪いもない、ぼくは旅を続けるしかないんだね』
読む人によってこれは何にでも置き換えられるだろう。
「真実とは空(くう)であり、空とは満たされていることを意味し、自然の一切の法則は空の中にある。(ひとは何かに全身全霊をかけて取り組み、その結果にとらわれない時、真に幸せになれる)」という、ダライ・ラマが説いてもおかしくないような普遍的な真理を、いしいしんじの物語はやさしく教えてくれる。