麦ふみクーツェ

麦ふみクーツェ (新潮文庫)

麦ふみクーツェ (新潮文庫)

「ねえ、クーツェ」
 とぼくは声にださず胸のうちで呼びかける。「いいも悪いもない、きみはただ、麦ふみをつづけるしかないんだね」
 クーツェが一瞬たちどまったような気がした。
 でもすぐに、おちついた足ぶみの音が耳のそばでひびきだした。
 とん、たたん、とん
 とん、たたん、とん
−−むろんだよ。
 と少し顔をあげてクーツェはいった。
−−麦をふむのに、いいもわるいもないよ。

例えばこの部分、僕はこう置き換える。
『いいも悪いもない、ぼくは旅を続けるしかないんだね』
読む人によってこれは何にでも置き換えられるだろう。

「真実とは空(くう)であり、空とは満たされていることを意味し、自然の一切の法則は空の中にある。(ひとは何かに全身全霊をかけて取り組み、その結果にとらわれない時、真に幸せになれる)」という、ダライ・ラマが説いてもおかしくないような普遍的な真理を、いしいしんじの物語はやさしく教えてくれる。